◆ 馬出電停跡 福岡市東区馬出
筥崎宮から馬出の方に行くと、不思議な道路、そして、バス以外進入禁止の道。これは昔の路面電車の線路跡だ。今は西鉄バス専用の道路になっている。その中にある、路面電車の電停跡。
見た感じ、道路と歩道と、その間の古くて立派な縁石に見えるが、これが元々の電停だった。
↑電停跡
◆ 九州大学病院  福岡市東区馬出
名門九大医学部やね。歴史は思った以上に古かった。幕末、福岡藩が設置した西洋医学を教育する学校「賛生館」が前身。明治時代に福岡県立福岡病院→京都帝大の福岡医科大付属病院→九州帝国大学付属医院→九州大学医学部付属病院として現在に至る。
◆ 箱崎宮

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◆ 福岡都市高速

東区の箱崎埠頭周辺は福岡インター方面と、天神方面のジャンクションになっていて、複雑に入り組んだ立体交差が美しい。
特に夜下を走る一般道を照らす光が間接照明となり、美しく描き出される。
◆ クリーンパーク臨海リサイクルプラザ
箱崎埠頭にある巨大なゴミ清掃工場。かなり巨大で、建物は立派。中にはリサイクル品が売っている場所があって、そこを見に行くのも楽しい。
◆ 米一丸地蔵・米一丸の塔
駿河の国に木島長者という子宝に恵まれない人がいて、米山地蔵に子宝を授かるように願いに行った。その後無事に男の子が生まれ、米一丸と名づけられた。優秀な若者で15歳の時従四位の位をもらった。
その後八千代姫と言う美しい女性を妻に娶るので、京都の一条家に妻を紹介しに行くと、あまりの美しさに一条殿は米一丸を殺し、その妻を側室にしたいと考えた。一条殿は米一丸に博多に行き、昔質入した刀を買い戻してくるように命令した。その商人は一条殿と裏で繋がっていて、米一丸を殺す命令を受けていた。博多に到着し、米一丸が刀を手に入れるとその後襲われ、米一丸は自害して果てた。それが箱崎辺りだと言われている。
八千代姫も帰らない米一丸を心配しこの箱崎までやってきて、米一丸の死を知り、米一丸をここで供養した後に自らも自害した。1180年代の出来事だ。
この前の踏み切りは多くの人が自殺するという事で心霊スポットになっていたが、JR鹿児島本線の高架化で踏み切りはなくなった。一安心だ。
◆ 九州大学箱崎キャンパス 

九州大学事務局
旧帝国大学として始まった九州大学。その歴史と共に歩んだのがこの箱崎キャンパスだ。中には歴史溢れる建物や、単にボロい建物など様々だ。
近々糸島キャンパスに全て移転してしまうが、その後この建物はどうするんだろうか。近代遺産として価値のイ建物も多いので、どうにか使えないかな?単純に壊すんじゃなくて有効に活用してもらいたいものだと思う。
そしてなにより、この九大が全てなくなってしまったら、この土地を旨く生かさないと箱崎経済が危ない!
このぼろくて薄暗い感じがいいな。
なんかひたすら研究に没頭できそうだ。
でもある意味精神衛生に悪そうだ。狭くて暗くて汚くて(笑)

認定理由
戦前の建物から戦後の建物まで色々な時代の建物が混在していて見ごたえ有。九州で大学に行くなら九大やね。って言っても伊都キャンパスに移転してしまうけど。
◆ 貝塚交通公園 福岡市東区箱崎
福岡県交通安全協会が運営している公園。園内にはリアルな道路や信号があり、ここで普通に遊んでもいいし、事前に申請すれば、ちゃんと交通安全教室を行う事ができる。すごくリアルだから、園内を散策してて、車が繰るんじゃないかとちょっと落ち着かないようなすごい所だ。入場は無料。
それと用事対象でゴーカートができる。1回650m程度で50円。これまた楽しく走らせて、交通ルールを学ぼう。
そのゴーカートの詰め所がすごい。たくさんのゴーカートが保管されているが、充電する時に有毒ガスが出るらしい!危ないので良いこの皆さんは近づかないように。

10過熱テンダ機関車9600
大正9年7月製造
あと、園内には色々な乗り物が展示してある。蒸気機関車や寝台列車。飛行機やリクシャーまで。
とっても楽しい公園だ。

ナハネフ22 昭和40年製造

ナハネフの内部。寝台車だ。
◆ 名島駅 福岡市東区
西鉄貝塚線の駅。2004年に新築された。近郊のベッドタウンと思っていたが、意外に閑散としている。なんかとっても小さな駅だ。
◆ 香椎薬師堂
香椎参道にある薬師堂。この辺香椎駅周辺の住宅の密集した地域なんだけど、その中にがばっとスペースがあって、お地蔵様がたくさん立っている。薬師如来様なので健康に効きそうだ。
◆ 香椎宮
仲哀天皇と神功皇后を祭ってある。二人は九州の熊襲を平定するためにこの地にやってきた。仲哀天皇が亡くなったのは朝倉とか諸説あるが、香椎宮はここ橿日宮(かしひのみや)で亡くなり、この地に祭ったといわれている。724年に完成した。今の社殿は1801年福岡藩主黒田長順(ながより)により築かれたもの。独特の建物だ。香椎造というらしい。
神功皇后はその後もしばらくこの地にとどまり、武内宿禰(たけうちすくね)とともに平定のために働いた。
香椎参道

弁財天→
池の中に浮かぶ弁財天。素敵だ。
↑綾杉
神功皇后が植えたといわれている杉。超巨木で、それがうねうねと不思議な形で成長している。なんかすごい。
棺掛椎
仲哀天皇が亡くなったが、亡くなったことを隠し、その棺をこの椎の木に立てかけ、御前会議を開いたところ、とてもいい香りが漂った。これが香椎の地名の元になっている。

JR香椎神宮駅

今は住宅地の香椎

武内神社

仲哀天皇大本営跡
◆ JR香椎線  福岡市東区〜福岡県糟屋郡
もともと宇美・志免方面の石炭を西戸崎の港まで運ぶために使われたという。今は、というか私の子ども時代からサラリーマンやとくに中高生の通勤通学の路線として大いに役に立っている。
ディーゼルのローカル路線だけど、沿線は地味に住宅地なので利用客は結構多い。
←線路内立ち入り禁止

普通にここを歩いて家に帰る。田舎だな〜。
◆ かしいかえん
西鉄がやっている遊園地。この辺の人たちは小さい頃、必ずといっていいほどこの遊園地に行ったはず。小さい遊園地だから対象年齢は低いけど、なんか楽しかったな〜。結構経営が危なかったりとかしながら、2009年3月にリニューアル。
◆ 香椎浜〜アイランドシティーの超埋め立て
無計画な埋め立て、とか、汚職事件等ですごく批判されているこの埋立地。香椎浜イオンの駐車場から撮影。この埋立地、ちゃんと役に立つかな?がんばってもらいたい物だ。向こうに現在(2008)福岡で一番高いマンションが建っている。コレを皮切りにどんどん発展してほしい。
◆みなと100年公園
香椎浜に浮かぶ貿易・物流の拠点。そのゴウゴウと音を立て走り行くトレーラーやクレーンに囲まれた一角にとても広い公園がある。中には立派な巨石や美しい緑が広がっていて、人々の癒しのスポットになっている。でもこの公園、世界一やかましい公園って感じで、周りの騒音がすごい。それだけ経済が動いているって事だな。
ところで昔、この公園を作った福岡市の港湾関係の部署って汚職で上げられていたけど、そのとき不当に買った巨石がここで使われているのかな?あ、あれは隣のアイランドシティーだっけ?とにかく立派で美しい巨石群は見ごたえ有だ。

朝日を見る石

コンテナターミナル

公園と香椎浜のマンション
◆ 西戸崎駅・西戸崎渡船場
海ノ中道の先っぽ。志賀島の付け根くらいにある港町が西戸崎。ココはJR香椎線の終点だ。さらに、博多の港から博多湾を渡ってやってくる市営の渡船場があったりする。この辺は海が見えるマンションとかが大人気で、福岡の都心から近い、リゾート地って雰囲気にもなっている。なんか素敵だな。
◆ 海ノ中道  
金印が取れたことで有名な志賀島。ココは九州本島とつながっているが、大昔は本当に島だったらしい。大陸からの風で砂が飛ばされ、長い長い時間をかけて陸続きになったといわれている。陸続きになったその細いところから車で島に渡れる。ロマンたっぷりの道だ。

認定理由
自然と繋がったなんて、悠久の時を感じさせる。しかも都心から近くに美しいリゾートって感じで好きだ。
◆ 金印公園
紀元57年、九州の大国「奴」が中国「漢」に遣いを出し、漢から「漢委奴国王」という金印を授かった。その後奴がどうなったか分からないけど、時代が過ぎて江戸時代1700年代、ココ志賀島の農民甚兵衛が農地からたまたまこの金印を掘り出した。それを記念してここに金印公園が作られている。何でこんなところから出たのかな?奴は現福岡県春日市。大分場所が違う。何の根拠もない私の想像だけど、奴が中国に助けを求めようとこの地まで来た時にやられたんじゃないかな?
当時日本はたくさんの国に分かれて争っていたので、奴がどこかの国に破れ、王ともども逃げた。金印を持ち、それを持って中国に渡り奴の再興を図ろうとしていたのだが、志賀島で追っ手に追いつかれた。それで再興は無理だと思い、金印は他国に渡したくないので志賀島の地に埋めた。どうかな?
◆ 志賀島の蒙古塚

旧蒙古塚
1274年、元軍が百地原(現早良区百道浜)〜今津(福岡市西区)に上陸した。ところが夜には船に引き上げて夜営した。その時に台風がやってきて元軍の船は沈没したり漂着したりして、もちろん漂着したら切り殺されてしまった。
そういったことからこの地は霊が集まる場所として有名だったが、この蒙古塚はそんな元軍の使者を弔うため昭和初期に日蓮宗の高鍋日統が建立した。博多の勝立寺が管理している。

新蒙古塚

首切塚
◆ 和白干潟
香住ヶ丘・和白などの住宅地からすぐ近くにある。こんなところにあるとは知らなかった。博多湾の東側、ちょっと奥まった場所に干潟が広がっている。様々な生き物が生息しており、渡り鳥の飛来地としても有名だ。
ココ最近、アイランドシティーを初め、この辺の海は激しい埋め立てが行われ、それがアオサの大量発生や水質の汚染につながってきている。様々な生き物が危機にさらされている。それで、保存しようと運動をしている人たちがいる。年に一回お祭をやったり、ボランティアで海の一斉清掃なども行っている。
◆ 和白浜中央公園  東区三苫
三苫の住宅地の奥にある公園。池の周りに広い芝生。散歩しても楽しいし、子どもを遊ばせても楽しい。奥には海があり、その浜辺のほうまで散歩できる。

隠れた素敵な公園だ。

◆ 東市民プール  福岡市東区名島

市民プールは古くて安いが定番だ。ここも例外ではない。実は私が子どもの頃初めて泳げるようになったのはこのプールだ。外には夏場のみの子ども用プールと中は温水で子供用の浅いプールも広く取ってある。だから今でも子どもづれのお母さんが多い。がつがつ泳ぐよりゆったりした雰囲気が初心者にはいい感じだ。
◆ 名島はばしら石

3700万年前の木が化石になっているが、この木、かなり原型をとどめているのですごい。神功皇后が三韓征伐の時に使った船の柱が石になったという伝説も残っている。
◆ 名島城
名島城はもともと大友氏の城で立花城が本城でその支城だった。秀吉の九州征伐後1587年、毛利元就の息子で小早川家を継いだ小早川隆景にこの地を与えた。元々筑前国の主力だった立花城は中世の山城で、時代遅れであったため、隆景は名島城を本城とした。また、隆景は海城の築城に秀でていたため、名島城を強固にし、使用した。
その後関が原の戦いで戦功を上げた黒田長政が筑前の国を治めると、名島城は狭く城下町を作りにくいので福岡城に移し廃城となった。
この時代よくあることだが、移動の際、名島城を取り壊し、その材料を福岡城築城に使ったので、現在の城跡には何も残っていない。
でもその山や森、神社が当時を思わせる。
◆ 名島橋
多々良川にかかる七連アーチの立派な橋。国道三号線が走っていて片側3車線の大きな道路だ。この橋が凄いのは作られたのがなんと昭和8年だという事。当時まだ自動車なんかあんまり走っていない時代。何でこんなに大きくて立派な橋が必要だったのだろうか。現代の私達からすると現在でも仕える立派ですばらしい橋だ、って思うけど、逆に維持費とか考えたら当時は無駄な橋だったんじゃないかな?この橋ものすごく頑丈にできているのも特徴のひとつだ。
滑走路にするためか、戦車が通れるように大きくて頑丈にしたのか、色々と謎が残っている。路面電車を通す予定があった?という説もあるが、すぐ横に西鉄とJRが走っているからそれはないだろうな。もしかしたら政治的な流れでできた無駄な公共工事?

←鉄道橋もなかなか歴史ある。
上の青い線路は貨物列車用。箱崎埠頭方面に行く。
◆ 立花山・立花山城
東区と新宮の間にある立花山。標高は367m。ここは昔、立花城という城があり、博多周辺を支配する要所だった。この城を巡り激しい戦いを繰り広げた場所である。
1300年頃、豊後の有力大名の一族大友貞載(さだとし)がこの地に城を築き立花姓を名乗る事となった。これが立花山城の始まりである。その後立花道雪やその娘婿宗茂(後の柳川立花家の祖)など有名な武将に支えられ約300年の間博多の街を見守ってきた。
戦国時代後期、トレンドは堅固な山城から平地の城へと変わり、この地にやってきた小早川隆景の時代に立花城から名島城に城を移すことでマイナーになっていき、のちに1600年頃、黒田藩時代の舞鶴城(福岡城)築城と共に立花山城の歴史は幕を閉じた。
今では自然を楽しむお手軽登山コースとして有名だ。頂上から博多の町、博多湾を一望できる。博多を支配した殿様気分を味わいながら、アイランドシティーの無駄に大規模な博多湾埋め立て事業を眺める。

登山道かなり癒される

大楠

屏風岩

古井戸跡

本丸跡